「どうする!自然・いのち・くらし」研究会議 掲示板
 

メッセージを投稿    表示更新    メッセージを削除    使い方    どうする!会議
   PDF一覧&アップロード

38第3回運営委員会等の開催について増井健治15/04/07 22:28:18B
下記により、「どうする!自然・いのち・くらし」研究会議第3回運営委員会を開催します。

第3回運営委員会等開催通知.doc 増井健治 15/04/07 22:24:06 B
第3回運営委員会等開催通知.doc


 
37第6回(解散)実行委員会の開催について増井健治15/03/14 11:20:41N
実行委員各位

パートⅡでは大変お世話になりました。
内容面はもとより規模においても統一感においても、パートⅠを大きく凌ぐものとなりました。という参加者からの声に励まされていますが、残念ながら、財政的には非常に苦しいものがありました。
パートⅢに向けて、課題を整理し総括し、更に運動の和を広げていきたいと考えております。
つきましては、下記により実行委員会を開催しますので、ご出席くださいますようお願い申し上げます。
なお、実行委員会に併せて、「どうする!自然・いのち・くらし」研究会議の総会も開催したいと考えております。次第等段取りは今後企画委員会で決定しますが、ご了承下さい。

●第6回(解散)実行委員会
2015年3月24日(火)18:30~
会津若松市北公民館 1階日本間

●第13回企画委員会
2015年3月17日(火)18:30~
会津若松市北公民館 2階会議室

●会計監査
2015年3月19日(木)18:30~
会津若松市北公民館 




 
36第5回実行委員会の開催について増井健治15/02/04 23:33:22T
当初企画委員会を予定していましたが、変更して第5回実行委員会を下記により開催します。

日時 2015年2月13日(金)18:30~
会場 会津若松市北公民館 1階日本間
議題 ①企画内容の確認について
   ②参加者の募集活動の強化について
   ③本番までの準備と作業について
   ④本番の役割分担と人員の配置について
   ⑤その他
   
   
 
35湯田さんへ増井健治15/01/29 12:26:44B
見学希望大歓迎です。
ただ、私たちの意見や考え方を知りたいということであれば、講師団会議が有効と思います。
他の会議は、すでに実務が中心となっております。
尚、参加の場合は、事前に増井までご連絡下さい。
090-4555-5225
 
34見学希望ユダ15/01/28 14:53:21N
始めまして、ユダと申します。
いつもROMにて拝見させていただいております。

さて、本題なのですが、
今回会議をなさるということで、今後の為に見学をさせて頂いてもよろしいでしょうか?
皆さんの意見を聞いて、自分の見聞を広めたいと思っております。

もし見学が出来ないというのであればそれはそれで構いません。よろしくお願いします。

 
33第4回実行委員会の開催について増井健治15/01/27 03:54:43T
第4回実行委員会を下記により開催します。

1月31日(土)13:30~
会津若松市北公民館1階日本間
議題 ①企画の具体化と豊富化について
②参加者の組織化について
③準備と役割分担について
④その他

 
27今後の会議予定について増井健治15/01/17 14:06:50B
お世話になっております。
いよいよ本番まで、1ヶ月となりました。
下記により、会議を予定していますので、ご出席くださいますようお願い申し上げます。

1月21日(水)13:30~ 第7回企画委員会 (北公民館 1階日本間)
1月30日(金)18:30~ 第8回企画委員会 (北公民館 1階日本間)第一次集約
2月3日(火)13:30~  第3回講師団会議 (北公民館 1階日本間)
       15:30~  第9回企画委員会 (北公民館 1階日本間)
2月13日(金)18:30~ 第10回企画委員会(北公民館 1階日本間)第二次集約

 
26世界平和佐瀬 良嗣14/12/30 22:39:13N
妹尾さん

お忙しいところ返信有難うございます。

原発と人間が新たな実験とのことですが、この実験の目的は
「あるテーマにおいて、強制力がない状態でどの様な案が産まれ、実現されるかを観察する」
で合っていますでしょうか。
また、ディスカッション形式の勉強会や交流会との大きな違いはありますでしょうか。
これによって、私は「被験者」になるか「観察者」になるかを決めたいと思います。

なお、私が自由かどうかについてですが、最近は考えたことも無かったので、今の私は自由です。
少なくとも自由に不自由はしてません。

学ぶ分野のアドバイスをありがとうございます。
学説史に関しては、必要だと感じたら学ぶと思います。
現状は他に学びたい、経験したいことがあるので、そちらが優先です。
ある程度の知識は今の時代、何時でも補充が効きますが、経験は今しか出来ないことが多いのも理由の一つです。
もちろん、知識があったほうが経験した時に多くのものを得られることはあるのですが、
それを効率よく行うためには必要だと感じた時に必要なことを学ぶというのが最も良い、というのが今の私の考えです。
膨大な情報がある現代で、情報の取捨選択が容易になるというのも見逃せないメリットかと思っています。

>今現在の人類史の到達点は、協力とか仲間意識が現代人になった所以だそうです。
すみません、これについては理解が及びませんでした。
今現在の人類史の最終目標は協力とか仲間意識によって現代人によって導かれた、ということでしょうか?

>私は今、佐瀬さんを通して自分を造り、佐瀬さんを通して私が居ます。
これはとても量子論的ですね。こういった考え方は大好きです。

物事は観測(干渉)してから初めて一先ずの結果を知りえる。
観測結果は観測者の中にしか無く、人間を正確に認識出来る人間も装置も存在しないため、人間は観測結果における完全な共通認識を持てない。
従って「自分」は「観測者」の数だけ存在し、観測者毎に必ず異なる影響を与える。
逆も然りで、「自分」が観測したものには必ず影響を受け、それによって最終的相対的な「自分」が更新、決定され続け、それは時間と共に変化を続ける。
これは絶対的な「自分」を否定するもので、「自分」という存在は他の影響を受けなければ存在できないことを意味する。
そして「自分」は「全ての事象、存在」に置き換えても成立することから、これは自然界の法則であると言える。

このことから学ぶべきことは、本来存在には価値などという概念はなく、全ては平等であり、価値や善悪は人間が「快」か「不快」かで決めたものにすぎないということ。

それら一切合財を取り払い、全てをニュートラルに俯瞰出来た時に物事の真実を捉えられるが、それは所謂「神の視点」で人間には出来ない。
しかしそれを目指すことは可能で、人類の共通認識へと近づける。
次に必要なのは共通解釈。神に近い視点で得た認識を共通解釈へ導くには極めてシンプルな理論が必要。
これは最終的にシンプルであればよく、掘り下げはいくら行っても良い。それにより、結論が変わることもある。
この理論を探して観測し、理論に観測され続けることが世界平和(調和が取れ、循環が確立された状態)である。
そしてその状態は自由の上にしか成り立たない(自由でなければ調和が保てない)。

その理論の実行は簡単で、既に実行できている人も多く居ると思います。
少し長くなった上に脱線しましたが、自然はそんなことも教えてくれている気がします。
ちなみに、今の私の解釈は「全てを受け入れ、困っている人を助ける」です。
よろしければご意見頂ければと思います。

 
25佐瀬さんに応える④妹尾功14/12/23 22:33:31T
いつも問題提起ありがとうございます。
ある方に参加を促したところ、「俺は自由だから、参加しないよ」と仰っていました。
至言です。


今回の原発と人間は、新たな実験です。強制力は働きません。既に規則が必要だという意見が出ていますが、既成ノ概念で捉える方がおられます。
今、佐瀬さんが「自由」であるかどうかが問われています。
お仲間になれれば幸いです。

全てに対して疑問を持つことは当然です。
その意味で、学説史とか研究史を学ぶことをお勧めします。
結果ではなく、過程の連続なのに、そのことはあまり注目されません。

今現在の人類史の到達点は、協力とか仲間意識が現代人になった所以だそうです。

私は今、佐瀬さんを通して自分を造り、佐瀬さんを通して私が居ます。」

個別の展開は省略してお応えしたつもりです。
ご容赦ください。



 
24世界平和佐瀬 良嗣14/12/12 22:51:32B
妹尾さん
お忙しいところありがとうございます。

妹尾さんは人を傷つけることは自由ではないとの意見ですね。
私の意見はやはり、それも含めて自由ではないか、という事になりますが、
ここはもう少しじっくり話さないと理解が難しいですね。



ここで一度、補足を兼ねて世界平和とはなにか、という視点に立って考えたいと思います。
みなさまのご意見を頂ければ幸いです。

私は世界平和の究極形は法律や規則といった強制力が無い上で、他を傷つけない世界かと思います。
これには幾つかの理由があります。

一つは各々がルールの有る無しに関係なく、互いを理解するように無意識に努めるといった、相互理解の精神性を獲得しなければ争いが起こると考えるから。
これは本当に理想です。こういった精神性の獲得には幅広い意味での余裕が必要かと思います。
その余裕を如何にして作るか、が鍵なのかもしれません。
この考えはマズローの欲求5段階(+1で超越欲求)説に通ずるところがあります。

一つはルールの運用が必要になり、管理者や執行者への依存が発生してしまうから。
管理者や執行者は必然的に権力を持つので、ルールの運用をするものは所謂「仏様の心」でも持ち合わせていなければおかしくなってしまいます。
江戸幕府の様に一時的には良い状態が続いても、長続きはしない気がするのです。

一つはルールが複雑になると理解が及ばなくなってしまうから。
ルールは守らなければ効果がありませんが、ルールを守るためにはルールを知る必要があります。
これは存外大変なことかと思います。恥ずかしながら、日本の法律は複雑すぎて私には理解できません。
ルールを設けるにしても予備知識が必要のない、至ってシンプルなルールであることが肝要だと思います。
それこそ、昔習った「人が嫌がることをしてはいけません」とかですね。

上記の話は、ルールを「思想」や「考え方」に置き換えてもある程度言えるかと思います。
そして、何れも断定は危険だと思っています。
私は断定した、信じてしまった時点で、そのことに対する思考を止めてしまうように感じるのです。
それでは流動性を失ってしまうと思います。
断定しても安全なのは、観測された現象くらいで、目に見えない事柄であれば尚更に疑問を投げかけ続けることが、大切ではないでしょうか。
もちろん、全てのことに疑問を持ち続けることは時間的にも難しいので、絞り込みは必要だと思います。
ただ、こういった根幹に近いことであればあるほど、疑いを持ち続けることが大切に思えます。
それは法律で決まっていることでも、道徳的に間違っていると思えることでもです。
 
23佐瀬さんに応える③妹尾功14/12/05 22:45:51N
返信が遅くなり申し訳ありません。
いろいろ応えたいのですが、余裕がありません。

一つだけ申し上げたいと思います。

人を殺すのは「自由」とは言いません。

表現の自由も人を傷つけることは認めません。
「ヘイトスピーチ」という概念が示しています。
名誉棄損という概念は古くから言われていますが同様です。

大飯原発差し止め訴訟でで脚光を浴びた「人格権」を考えましょう。

概念も時代とともに変わり発展します。
そういうものとして、「自由」も考える必要があるのではないでしょうか。

 
22妹尾さんへの返信佐瀬 良嗣14/11/16 05:55:55T
妹尾さん、こんばんは。
返信有難うございます。
発言の途中で口を挟んでしまう非礼をお許し下さい。
少し伝わっていないと感じたところがありましたので、そこの補足を兼ねて投稿します。

また、私の意見に問題があると言ってくださり、嬉しく思います。
妹尾さんが問題と思う点をご指摘いただき、論破してくだされば幸いです。


さて、議題は「自由」とのことで、妹尾さんの質問に答えながら私の考えを述べていきたいと思います。

初めにこれは強調しておきたいのですが、私は価値観や世界観、宗教や哲学、思想、政治、科学等の考え方の類は肯定も否定もできないと考えています。
これらの是非を決るのは神か、未来の人間達ではないかと思っています。これらは時代に合わせて流動的だからです。
今を生きるという事は過去を紡ぐ行為であり、それは地上絵を書く行為に似ると思います。
今描いている絵がどんな絵か、描いている時は解らず、その全体像を見れるのは神か未来の人間しかいない。
今を生きている私達に出来るのは、描いている絵が少しでも素晴らしい絵になるように努力を惜しまないことではないかと思います。
しかし、中には絵など描きたくない人も居ます。彼らがサボるのも、絵を書いている人を妨害するのも自由ではないでしょうか。
そんな人達を放っておくのも、説得して一緒にやろうと言うのも、捕まえて罰を与えるのも、殺してしまうのも自由ではないでしょうか。
そうして紆余曲折を経て残された絵は、その土地その時代の最高傑作であり、だからこそその時代の法則性や必然性も読み取れるかと思います。
なので私は、自然界が設けたルールである自然法則以外に縛られてしまうのは自由ではないと感じてしまうのです。


必然性の認識について確認ですが、妹尾さんが言うのは自由の相互承認、他人を理解し、社会を理解し、自分が何かを理解して、それらを認め、互いを尊重する。
それを成すには学びや経験が必要であり、そこから導かれる結論には必然的な共通認識が存在するはずで、それを得た時に真に自由になったと言える、という理解で間違っていないでしょうか。

また、下記については理解が及ばなかったので、もう少し詳しく教えて頂ければと思います。

>実は、束縛されることも、歴史的でも、体力的でも、経済的でも客観的な条件としてある以上、それを超えようすることは愚かなことです。

これをそのままの言葉で受け取ってしまうと、私には現行のルール、または状況に従い、その条件の中で最善を尽くすことが正しく、それを打ち破ろうとすることは愚かであるとしか読めませんでした。

私は夢も大事だと思います。なぜなら目標の設定には夢(目的)が必要だと考えるからです。
もちろん、ジャンプしてゴールは出来ないので、現実的な目標、マイルストーンも大切です。そこからどの一歩を踏み出せばいいのかが見えてくると思います。
世界平和を目指すのであれば、目の前の困ってる人を見捨てない、とかです。

自由な発想を大切にしなければならないことは同意です。
その発想が認められるかどうかは、時代が選ぶのだと思います。
発想が選ばれるか選ばれないかには、確かに必然性があると思います。

以上、乱文長文失礼しました。

 
21佐瀬さんに応えるー1妹尾功14/11/12 01:02:24B
佐瀬さん、増井さん、ご意見ありがとうございます。
この掲示板で、今後も意見交換できれば、幸いです。
まさに、「自由」な意見交換の場になれば、真の「自由」が実現できるものと確信しています。

佐瀬さんのご意見は、様々な問題をはらんでいるため一言で申し上げることが出来ません。
順次、私の考えを述べさせていただきます。

私は、この「「どうする!会議」の立ち上げに際し、多くの皆様のご意見を頂戴しながら、草案を作成した立場から、想いを語らせて頂きます。

佐瀬さんの以下のご意見に、私の考えを述べさせていただきます。

私は「自由」とは自然法則以外のあらゆるものに束縛されないことだと思います。
つまり、出来ることは全てしても良いという原則があるのではないかと思います。
それは戦争から公園のゴミ拾いまで、全てです。

この後の秩序の問題は、また別に論じますので、今日は「自由」の理解について考えたいと思います。

「自由」については様々な着眼点がありますが、私は「必然性の認識」という視点を最も強調したいと考えています。
それは、自然法則ばかりではなく、社会や人間関係も含めて、自己に対する他と理解し、そこに必然性があるのではないかと考えています。佐瀬さんは、自然法則は認めるが、社会や人間関係には法則性は認めないのでしょうか。社会科学や人文科学という科学は否定されるのでしょうか。もちろん、社会は人間が創るものですから、必然性や法則性だけで存在するものではなく、人間の営みと選択の連続ですが、それでも法則性や必然性は否定できないのではないでしょうか。

良く、車の運転が例に出されます。車の機能を理解しなければ運転は出来ません。理解ばかりではなく、体が勝手に反応するくらいにならないと運転は出来ません。勝手に反応するくらいに訓練したはずです。それは、拘束だったはずです。それは、自由を獲得するための過程だったという理解があるかもしれません。しかしそうではないと思っています。自由とは「必然性の認識」ですから、それが分からない時は「自由」ではないのです。過程ではなく、それ自体が「自由」を内包しています。

歴史的には、拘束とか、束縛からの解放、戦いでしか「自由」は生まれませんでした。まさに、近代市民革命としての「自由権」の発想です。

実は、束縛されることも、歴史的でも、体力的でも、経済的でも客観的な条件としてある以上、それを超えようすることは愚かなことです。どんなに自らの条件が叶ったとしても、束縛されないことはあり得ないし、それを基準にすることは愚かなことです。
大事なことは、夢ではなく、実現可能な目標を設定し一歩一歩進むことですが、実は、「ひらめき」が歴史を変えたこともたくさんあるのです。常識に捉われない「自由」な発想も大切にしなければなりません。それも、恐らく社会的、歴史的な必然性があったのだと思います。
自由を獲得するためには、勉強をし、訓練をし、自らの心身を鍛えなければ、得られないのです。

今、私は、合唱をしていますが、違いが分からなければ、自分の位置が分からず、パートも歌えません。そんな苦労が、晴れの舞台では、美しいハーモニーになると思っています。

最後に、戦争をする「自由」はあり得ません。
この問題は、今後展開します。
 
20自由と平和佐瀬 良嗣14/11/10 03:19:03N
増井さん、こんばんは。
返信有難うございます。

「自由」は難しいとは思いません。ある意味では既に自由と言えると思います。難しいのは「平和」です。
みんなが自然に同じ気持ちを持てるなら自由も平和も簡単かと思います。
同じ気持になれなくても、最低限暴力に頼らないとか、相手を理解するように努めるとか、そのくらいの共通認識があれば自然に自由で平和になると思います。それはとても素晴らしいことです。目指すところかな、と思います。

また、教育としてこういった事を訴えていくことは尊いことかとも思いますが、それはあくまで私の価値観で、それを子供に押し付けてもいいものかとも思います。
子供には大人から教えられるのではなく、自分で自分の価値観を見つけてほしいという思いもありますが、それもまた俺の価値観です。現状ここは私の中で堂々巡りで答えがわかりません。

戦争についてですが、やはりみんなが一斉に武器を放棄すればそれだけで解決する問題です。
しかし現実はそうではなく、気に入らなければ暴力や財力と言った力に訴える人は居ます。
そうした力に直面した時に、どう対応するかが問題です。
力は持つ。しかし振るったら相応のリスクが伴う。だから容易には振るえない。そんな均衡状態を続けて、兵器が錆びつくほどの時間が経てばあるいは。そんな状態を作るのも平和への道かと思います。
個人レベルでの暴力はまた別の問題で、こちらを徹底にするには教育だけで足りるとは思えず、完全管理社会しか思いつかないのが悔しいところです。


私は「平和を目指す」とは侵略の側面もあると思っています。武力で争うことは悪いことだという価値観で世界を侵略できれば世界平和を成せるという意味です。(平和の定義は色々あるかとおもいますが、一先ず武力で争わないとしておきます)
道のり違っても、やっていることは同じで、平和という我儘を武力で押し通すか、説得で押し通すかの違いかと思います。
武器の力はもちろんですが、言葉の力も私は恐ろしいと思います。なのでこの点は慎重に行かなければならないのかなと思います。また、そのための会議でもあるのかな、と思っています。
 
19私の思うところ増井 健雄14/11/07 00:40:15T
佐瀬さん。初めまして。

タイトルにあるように「私の思うところ」です。

「自由」ってそんなに難しいものなのでしょうか?
「自由」をつくるために「秩序」があるのではなく、「自由」を守るために「秩序」があるのではないでしょうか?

そして、秩序を守るために武力が必要と言うことでしたが、世界平和を願う同じ立場として、
私は武力が一番必要のないものと考えています。
今まで(歴史上)武力という実力行使(戦争)から生まれてきたものは何でしょう?
人間が見ず知らずの人間を傷つけ殺してしまうのが、武力の持つ【力】です。
そのようなものに、頼らないといけないのは、「自由」でも「平和」でもありません。ただの侵略です。
 
18自由と平和について佐瀬 良嗣14/11/06 01:06:54B
こんばんは。
私は世界平和を目指している佐瀬と申します。
こちらの会が気になったので、書込させていただきます。

どうする!会議では目的に「自由」「平和」「人間愛」を脅かすあらゆる行為と戦うとありますが、「自由」と「平和」についてはどの様に捉えているのでしょうか。
私は「自由」とは自然法則以外のあらゆるものに束縛されないことだと思います。
つまり、出来ることは全てしても良いという原則があるのではないかと思います。
それは戦争から公園のゴミ拾いまで、全てです。
それは秩序のない世界とも言えます。それを改善し、秩序を得るには法律とそれを遂行できる武力が必要になります。
秩序ある世界は「平和」に近づきますが、秩序とは裏を返せば束縛です。自由に反してしまいます。
それは少数派において特に顕著かと思います。
「秩序のない平和」が理想かとは思いますが、それは全人類が会議のメンバーのように考えなければ難しいと思います。
そんな意志の統一は自然に起こるとは考えにくいので、個人的には「自由」と「平和」の両立は難しいと考えています。
愛については別の機会に対話させて頂ければと思います。
長くなってしまいましたが、「自由」「平和」の見解についてお聞かせ頂ければ幸いです。
よろしくお願いします。


 
17フクシマをどうする加納 持続14/10/31 17:30:34N
1号機の工程が5ヶ月遅れ.東電が発表しました.我々,特に原発付近の避難なされている方々には,またかという思いでしょう.
一企業に任せて置けない状況だと感じます.まぁ発表しただけは評価しても良いが,凍結工法などどうなってるのか.皆さんどう思います?
 
16ありがとうございました!片山玲子14/10/26 19:56:59T
昨日はお疲れ様でした。そして有難うございました。人数が少なかったというご意見もありましたが、
中身はとても充実していましたし、これからだと思います。
委員長は力不足ですが、皆様と一緒に楽しく歩んでいきたいと思います。
昨日の2時からの打ち合わせの件、今メールを見ました。すみません!
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
 
15感謝妹尾功14/10/26 01:43:14B

今日はいろいろとお世話になりました。

自由とは必然性の認識です。でも、体は動きません。動かない身体も含めて、今を考えたい。

公共の福祉の意味をどう実現するかが問われいます

お互いの今を生き続けましょう。


 
14文太さんがくる高橋 力14/10/24 22:24:31N
会津地区9条の会連絡協議会 主催の集会/Users/takahashi/Desktop/チラシ 憲法鼎談.pdf
 
13笠木透さん加納 持続14/10/21 15:23:14T
こんにちは.
知ってびっくり,近くのさくらっこ保育園では笠木さんの歌を歌ってました.
 
12「原発と人間」市民フォーラム(パートⅡ)実行委員会結成総会のご案内増井健治14/10/11 02:13:18B
結成総会ご案内
市民フォーラム結成総会ご案内ー最終.pdf

案内チラシ
結成総会チラシ確定版.pdf

多くの皆様の参加をお待ちしております。
 
11人間理解のための方策妹尾14/10/09 13:53:01N
美術、映画など候補が挙がってきていますが、文学、音楽など、ほかにも多様な表現をご推薦下さい。
 
10「原発と人間」市民フォーラム結成総会のご案内増井健治14/10/06 11:31:46T
下記により、「原発と人間」市民フォーラム(パートⅡ)結成総会を開催します。
多くの市民の皆様の参加をお待ちしております。

2014年10月25日(土)17:00~21:00(受付16:30~)
曾会津稽古堂(会津若松市生涯学習総合センター)3階 研修室2・3

詳しくは、こちら
市民フォーラム結成総会ご案内ー第一次②.pdf
 
9環境エネルギー政策研究所妹尾14/10/03 12:39:47B
飯田哲也さんのところの提言です。
緊急に、学習会を開催すべきと思うのですが如何でしょうか。

【プレスリリース】一部電力会社の系統連系「回答保留」に対する意見と提言
2014年10月2日
http://www.isep.or.jp/library/6888

【ブリーフィングペーパー】系統連系問題と自然エネルギー本格的導入のための方策
2014年10月2日
http://www.isep.or.jp/library/6891
 
8映画候補「ハッピー」妹尾14/10/02 11:14:04N
絵師さんからの「物置のピアノ」良いですね。
ハッピーも良いと思うのですが、如何でしょう。

http://www.happyrevolution.net/dvd
 
7映画候補絵師14/10/02 09:38:41T
http://www.cinemanest.com/monookinopiano/
いかがでしょう?
 
6「原発と人間」市民フォーラム 参加者の声増井健治14/10/01 09:43:36B
アンケートのほか、その後の感想や意見を含め参加者の声を纏めました。

各種意見とりまとめ総括-2.pdf
 
5「原発と人間」市民フォーラム アンケート結果増井健治14/10/01 09:39:50N
アンケート結果は、下記をご覧下さい。

アンケート結果(最終).pdf
アンケート-意見、感想(氏名省略).pdf
 
4「原発と人間」市民フォーラムまとめ増井健治14/10/01 09:35:59T
3月8日に開催された「原発と人間」市民フォーラムのまとめは下記をご覧下さい。

「原発と人間」まとめー概要.pdf

「原発と人間」まとめー第2部.pdf

「原発と人間」まとめー全体(詳細).pdf
 
3結成総会議事録増井健治14/10/01 09:22:07B
結成総会議事録は下記のとおりです。
ご意見をお寄せ下さい。

結成総会議事録.pdf
 
1「原発と人間」市民フォーラムのまとめについて増井健治14/09/29 11:49:18N
2014年3月8・9日に開催された「原発と人間」市民フォーラムのまとめを掲載します。PDFをご参照下さい。